リンカーン弁護士/マイクル・コナリー(講談社文庫)

司法制度における問題点のさまざまを浮き上がらせ、活発な議論を呼び起こしているわが国の裁判員制度だが、リーガル・フィクションの分野でも、そんなご時勢にお誂え向きの問題作が続々と紹介されている。
マイクル・コナリーの『リンカーン弁護士』もそのひとつだが、おなじみのハリー・ボッシュに替わって、刑事弁護士のミッキー・ハラーが活躍する新シリーズである。タイトルのリンカーンは主人公の名前ではなく、事件を求めてロサンジェルスとその近郊の下級裁判所をかけめぐる彼の足、乗用車のリンカーンから取られている。この高級車にこだわり、しかも運転手つきで乗り回す主人公だが、決して裕福ではなく、離婚による娘の養育費やローンの支払いで汲々とした生活を送っている。そんな彼に、久々舞い込んできた旨い話は、暴行事件で逮捕された裕福な不動産業者の弁護の仕事だった。
「無実の人間ほど恐ろしい依頼人はない」という巻頭のエピグラフの意味するところが、作中でも何度か反芻され、正義のあり方や弁護士の良心という非常に重いテーマを読者に強く印象付ける。しかし、事件の様相が刻々と変わっていく小気味いい幕開きから、殺人事件で物語が加速し、中盤の堂々たる法廷場面へなだれ込んでいくという展開は、軽快かつサスペンスフル。ストーリーと並行して、自身の内面描写や友人との関係を通して、主人公の人間性を浮き彫りにしていくあたりの上手さも、コナリーならではのものがある。ミステリとしても名作「シティ・オブ・ボーンズ」と肩を並べる出来映えだし、迷わず大推薦する所以である。
本の雑誌2009年8月号]

リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)

リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)

リンカーン弁護士(下) (講談社文庫)

リンカーン弁護士(下) (講談社文庫)