木でできた海/ジョナサン・キャロル(創元推理文庫)

ジョナサン・キャロルの作品では、「蜂の巣にキス」、「我らが影の声」、「死者の書」がマイ・フェイバリットというと、ああ、やはり根っからのミステリ・ファンだね、と思われそうだが、とことん個性的でファンタスティックな彼の作風も実は嫌いじゃない。例えば、今回出た『木でできた海』のような。
クレインズ・ビューの警察署長マケイブは、拾ったヨレヨレの老犬を看取り、暗い森の中に埋葬したまではよかったが、数日後、心地よい匂いとともに戻ってきた死体をガレージの車の中で発見する。それと前後して、町では喧嘩ばかりしていた夫婦ものが忽然と姿を消し、学校のトイレでは普段真面目だった少女がヘロインの打ちすぎで死んでいるのが発見される。いずれの事件も、彼が偶然見つけたいくつもの色が入り混じった美しい羽根が絡んでいた。やがて、彼の前にアストペルを名乗る謎の男が登場、一週間という期間限定で、ある課題を押しつけてくる。マケイブを取り巻く世界では、一体何が起きているのか?
「蜂の巣にキス」「薪の結婚」とともに、クレインズ・ビュー三部作の一角を占める本作。少年時代は不良で、町中の鼻つまみ者だった町の警察署長マケイブは、過去二作にも登場したが、本作では主役として大活躍する。タイムスリップやパラレルワールドなど、オフビートで不思議なルールに支配されたキャロル節は本作でも絶好調で、ファニーな展開の連続に頬が緩むこともしばしばだが、やがて少年時代の主人公まで登場する胸がキュンとする展開もある。メランコリックな叙情が押し寄せてくる幕切れまで、今回もファンのハートをメロメロにしてくれます。
[ミステリマガジン2009年7月号]

木でできた海 (創元推理文庫)

木でできた海 (創元推理文庫)