ルルージュ事件/エミール・ガボリオ(国書刊行会)

過去数回に渡り翻訳書が刊行され、ミステリ史の話になればコリンズの「月長石」とともに必ず話が及ぶエミール・ガボリオの『ルルージュ事件』だが、十九世紀のフランスで書かれたこのミステリの古典を実際に読んだ人は、これまでごく少数だったに違いない。というわけで、(予告から数年待たされたとはいえ、)まさに今回の翻訳紹介は待望久しい慶事といっていいだろう。
パリ近郊の田舎町で、ひとりの寡婦が死体となって発見された。彼女の名はルルージュ夫人といい、ちいさな一軒家の一人暮らしだった。事件は、凶悪犯罪とは無縁の牧歌的な町を騒がせるが、二年前からこの町に住み着いた夫人の過去を知るものはなく、予審判事のダビュロンは、パリ警視庁の治安局長の部下であるルコック刑事の助言で、タバレの親父という警察の協力者の力を借りることにする。素人探偵のタバレは、たちまちのうちに論理的な推理を披露し、ほどなく容疑者を指摘するに至るが、それは予審判事にとって縁浅からぬ、意外な人物だった。
いささか冗長なのは時代を考えれば無理のないところだが、黴臭さはほとんど気にならない。ガボリオという作家は、相当のストーリーテラーだったのだろう。物語の背景に広がる登場人物たちをめぐるさまざまなドラマを次々と浮上させ、飽かせない。探偵役をつとめるのは、名高いルコックではなく、その師匠にあたる人物だが、快刀乱麻の推理だけでなく、誤認逮捕をめぐって内省的な一面を見せるなど、単なる繰り人形には終らない人間性があって、驚かされる。歴史的価値に留まらない面白さを評価したいと思う。
[ミステリマガジン2009年2月号]

ルルージュ事件

ルルージュ事件