冬そして夜/S・J・ローザン(創元推理文庫)

男女の私立探偵コンビが、一作ごとに語り手を交替していくという趣向がちょっとユニークなS・J・ローザンのリディア・チンとビル・スミスのシリーズ。前作「天を映す早瀬」は、香港出張で期せずして自分のルーツに接近するリディアのお話だったが、八作目となる今回の『冬そして夜』は、その相棒ビルの番である。アイルランド系の彼には十代で家を出てしまった妹がいるが、それ以来折り合いが良くない。少年時代に父親との関係で深刻なトラブルがあったからなのだが、家出した甥っ子ゲイリーの事件に巻き込まれるうちに、ビルはその忌まわしい過去に再び対峙せざるをえなくなる。
ありふれた家出がコロンバイン高校の悲劇と重なる事件へと発展していく中、妹夫妻と揉めながらも、甥の行方を追うビルは、彼の通っていた高校で横行していた陰湿な苛めをつきとめる。それがさらにはそれがフットボールで有名なニュージャージーの田舎町全体を蝕む病巣へと繋がっていることに読者は驚かされるわけだが、そんな社会派の切り口に加えて、この町に根をはる二十三年前の醜聞と現在を繋ぐ謎を解き明かしていくスリル、さらには探偵役ビルの過去の秘密がそれに静かにオーバーラップしていくという面白さまであって、まさに読み応えは堂々たるもの。最後は、少年小説の清々しい余韻まで漂うのだから、これはもう文句なしにシリーズ最高傑作の太鼓判を押すしかない。その到達した高みゆえか、本作以降シリーズの新作は書かれていないようだが、さらに一皮向けたリディアとビルに再び出会いたいものだと切に思う。
[本の雑誌2008年10月号]

冬そして夜 (創元推理文庫)

冬そして夜 (創元推理文庫)