正当なる狂気/ジェイムズ・クラムリー(早川書房)

ミロドラゴヴィッチとシュグルーという、まるで自身の分身のような主人公を交互に使い分けるジェイムズ・クラムリーだが、○五年の新作『正当なる狂気』は、C・W・シュグルーの出番だ。愛する妻や義理の息子に囲まれ、穏やかな日々を送るシュグルーだったが、友人の精神科医マックの頼みを断わりきれず、診療所のデータ盗難事件をしぶしぶ引き受けることに。気乗りしない理由は、前に引き受けたマックの医療過誤事件で、散々な目に遭わされたからだが、彼の悪い予感は当たってしまう。

マックの顧客リストを手に入れたシュグルーは、早速彼らを見張り始めるが、そのひとり大学教授の妻が、彼の目の前に凄惨な死を遂げてしまう。さらに、そのショックも覚めやらぬうちに、第二、第三の事件が起こり、いずれも悪夢のような死の場面が、シュグルーの眼前で繰り広げられる。そして、とどめは車内を血だらけにした車を残して、マック本人の失踪だった。シュグルーは少ない手がかりを頼りに、事件の複雑な背景を辿るため、弁護士のクラウディアを伴い、危険な旅に出るが。

前作とのインターバルの間に大病を患い、まさに死地からの生還を果たした作者の渾身の一作という気迫が伝わってくる一篇。老いてもその生き方を変えないヒーローの姿を描くという点で、前作「ファイナル・カントリー」と相似の関係にあるが、一筋縄ではいかない錯綜するプロットの読み応えも、同じく評価できる。もはや、ハードボイルドという物差しは必要ないが、チャンドラーから引き継がれた血は、依然として濃いものがある。
[ミステリマガジン2008年2月号]

正当なる狂気 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

正当なる狂気 (ハヤカワ・ノヴェルズ)