ボビーZの気怠く優雅な人生/ドン・ウィンズロウ(角川文庫)

痛快さと切なさという二つのテイストが絶妙のコンビネーションをみせるニール・ケアリーものだが、熱狂的なファンとして気が気じゃないのは、すでに本国ではシリーズにピリオドが打たれているという事実だ。ま、翻訳のぺースからいけば、少なく見積もってもあと五、六年は楽しめるのだろうが、しかし、それとて、いつかは終わってしまう。そのあとは、どうなってしまうのか。*1
そんな心配をしてやまないドン・ウィンズロウのファンも、『ボビーZの気怠く優雅な人生』を読めば、安心できるに違いない。ウィンズロウは、ニール・ケアリーものだけの作家ではなかった。伝説的な麻薬王ボビーZと容姿が似ていたばかりに、麻薬取締局の甘い言葉に乗せられ、替え玉に仕立てられたケチな泥棒が主人公のカーニーである。ところが、作戦は出だしで蹟き、カーニーは四方八方から追われる身に。万策尽きた主人公は、ボビーZの資産と片腕だった男を利用して、起死回生の大逆転を試みる。
まさにストーリーテリングの天才とは、この作家のことだ。あれよあれよという間に、お話は読者の予想を追い越し、あらぬ方向ヘと転がっていってしまう。しかも、その転がるリズムの心地よさといったら、最高。手に汗を握らせたあとは、泣かせてくれるという、盛り上げかたの緩急も絶妙だ。これなら、余計な心配などせずに残りのケアリー・シリーズも楽しむことが出来そうだ。
本の雑誌1999年8月号]

ボビーZの気怠く優雅な人生 (角川文庫)

ボビーZの気怠く優雅な人生 (角川文庫)

*1:勿論、この原稿を書いた1999年初夏の頃の話だ