悪霊の島/スティーヴン・キング(文藝春秋)

少し前に息子のジョー・ヒルの本格的なデビューが大きな注目を集めたが、スティーヴン・キング本人の方も一向に衰えは見えない。二○○八年の新作『悪霊の島』は、同年のブラム・ストーカー賞で、短編集部門とあわせての二部門制覇を果たし、マスター・オブ・ホラーとしての変らぬ健在ぶりを示した作品だ。
巨大なクレーン車との衝突という思いもよらない事故で、片腕だけでなく仕事と妻までも失った主人公。ふと思い立ってフロリダ西海岸の小さな島デュマ・キーに別荘を借り、潮騒を聞きながらの静かで穏やかな生活を始めるが、彼は何かに突き動かされるように、絵を描きはじめる。しかし、面白いように素晴らしい作品が生み出されていく一方で、自分の描いた絵にまつわる不可解な出来事が主人公を悩ませる。さらには、隣人でアルツハイマーを患う老嬢との出会いが、彼を恐るべき事態の渦中へと追いやっていく。
適切な表現かどうか心許ないが、この作品には老成したキングの佇まいが見えると思う。例えるならば、誰もが認める傑作ではあるが、『シャイニング』の才気走った感覚をちょっと近寄り難いと思う読者も、本作には安心して手を伸ばせるのではないか。もちろん、モダンホラー系の傑作という点で、両者はほぼ等価なのだが、本作ではとりわけ、大衆作家としての歳月がキングにもたらしたに違いない円熟の語り口が際立っている。これまで敬遠してきた読者も、再度キングの作品を手にしてみるいい機会だと思う。
[本の雑誌2009年12月号]

悪霊の島 上

悪霊の島 上

悪霊の島 下

悪霊の島 下