ジャンピング・ジェニイ/アントニイ・バークリー(創元推理文庫)

エンタテインメントの面白さの基本は、「読めばわかる!」、という単純かつ明快なものであるべきだとは思うけれども、しかし、現実には読者としてのキャリアが読書に与える影響はばかにできない。例えば、アントニイ・バークリーの『ジャンピング・ジェニイ』である。
この作品とは、本格ミステリとの長いつきあいの果てに出会ってこそ、心底楽しむことが出来るのではないだろうか。いや、なにも高尚なわけでもなければ、読み解くのに特別の見識が必要とされるわけでもない。むしろこの作品はばかばかしいまでに人を食った趣向で書かれている。だからこそ、この作品に魅せられるのは、数多くの本格ミステリを読み漁った揚げ句に、すれっからしのマニアにまで身を落とした読者だけではないかと、ついつい心配になってしまうのだ。
ヒステリックで独善的な嫌われ者の女性が、小説家のパーティのさ中、余興として建てられていた絞首台で、首吊りの死体となって発見される。客たちの間に動揺が走る中、警察の捜査が始まる。たまたま居合わせた小説家で探偵のシェリンガムも否応なく事件の関係者となるが、彼のふとした不用意な行動が、思わぬ事態を巻き起こすこととなる。
探偵小説をつねにシニカルな視点から眺めていたバークリイらしく、堂々たる謎解きの試行錯誤を繰り広げる一方で、本格ミステリのアンチ・テーゼを見事に構築してみせる。まるでドミノ倒しのように、連鎖反応的にロジックが揺れ動いていく様は壮観だが、しかし、最初に断ったようにあまり真面目な読者はそのひねくれ具合に戸惑うだろう。そういう意味では、本格ミステリに、徹底的に淫した作品ということができるかもしれない。茶番と紙一重のところで成立した、類稀なる傑作である。
[本の雑誌2001年10月号]*1

ジャンピング・ジェニイ (創元推理文庫)

ジャンピング・ジェニイ (創元推理文庫)

ジャンピング・ジェニイ (世界探偵小説全集)

ジャンピング・ジェニイ (世界探偵小説全集)

*1:ちなみに、本稿は初刊時に書いたもの。文庫化にあたって川出正樹氏が巻末解説を書かれていて、そこでは本稿の内容のアンチテーゼ的な内容となっています。ぜひそちらもご一読を。