ありったけの話/中山智幸(新潮社)

誰が呼んだか、パラパラ漫画。教科書の余白に、アニメーションの原理で動く絵を落書きした小学生時代の経験を、誰もが持っていると思う。その懐かしいパラパラ漫画が付いてくるというなんともユニークな『ありったけの話』は、三年前に「さりぎわの歩き方」で文學界新人賞を受賞した中山智幸の初の長編小説。今年の上半期芥川賞ノミネート(「空で歌う」)というステップボードを経ての書き下ろしである。
持ち前ともいうべき作者の飄々とした語り口は本作でもいかんなく発揮され、六年前にガールフレンドとの離別という過去を重たく背負う主人公も、どこかラブコメ調の明るさがあるから不思議。本作は、そんな彼が長いモラトリアム状態から脱出するまでを描く青春小説だが、友人たちとの人間模様や家族関係をも濃やかに描き、実にハートウォーミングな仕上がりになっている。
[新刊展望2008年12月号]

ありったけの話

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