犬身/松浦理英子(朝日文庫)

松浦理英子の久々の長篇『犬身』は、犬づくしの小説である。ローカルなタウン誌の編集の仕事で生計をたてる房江は、子どもの頃から漠然と犬にあこがれる人生を歩んできた。そんな彼女の目にとまった、雑種犬を飼うひとりの女性。街中ですれ違う度に、房江の中で、「あの人の犬になりたい」という思いが膨らんでいった。しかしある時、そんな叶うはずのない願いが叶う機会がやってきて。
犬となった房江の飼い主は、家族との関係において心に深い闇を抱えている。彼女が負っている性の呪縛は、女子大生の親指がペニスに変貌する「親指Pの修行時代」の性の男性優位というテーマにも通じるものだが、犬の房江はそこから主人を助け出そうと必死になる。房江の飼い主に向ける慕情の深さと健気さには、愛犬家ならずとも胸をうたれること必定。愛し愛される犬と人間の種を越えた結びつきを犬の側から描いて、感動的な作品が出来上がったと思う。
[新刊展望2007年12月号]

犬身 上 (朝日文庫)

犬身 上 (朝日文庫)

犬身 下 (朝日文庫)

犬身 下 (朝日文庫)