壊れやすいもの/ニール・ゲイマン(角川書店)

めでたく二月にヘンリー・セリックが3Dのクレイ・アニメーションとして手がけた映画「コララインとボタンの魔女」の日本公開も決まったニール・ゲイマンの短篇集『壊れやすいもの』。ゲイマンはSFやファンタジー方面の人、という先入観を持つ向きも多いだろうが、この作品集は、ミステリ・ファンにも文句なしにお奨めだ。
まずは冒頭の「翠色の習作」が、ミステリ・ファンの興味をひくだろう。ホームズがラブクラフトの世界に遭遇するイフの物語を、というアンソロジー編纂者の求めに応じて執筆されたという本作だが、シャーロキアーナの要件をきちんと満たしながら、クトゥルーの世界へと通じる深い闇もしっかりとのぞかせるというまさに離れ業を見事に演じてみせる。また、かつてミステリマガジンの〈幻想と怪奇〉特集で紹介された「ハーレクインのヴァレンタイン」という小品のどこか暖かな味わいを懐かしく反芻する読者も多いに違いない。
収録作に共通するのは、幻想小説にしては奇妙なリアリティと、そこはかとなくファニーな世界観で、あざといオチとは無縁な作品が多いが、読後の余韻は不思議といつまでも心に残る。「語り手が消えたあとにも、この物語は、きっと残る。壊れやすいものは、本当は、きっと強い」という巻頭言(?)が、すべてをあらわしているといってもいいかもしれない。目次に並んだ作品数を数えると都合三十一篇だが、意外なところに隠されたボーナストラックもあるので、読み逃がすなかれ。
[ミステリマガジン2010年2月号]

壊れやすいもの

壊れやすいもの