死のドレスを花婿に/ピエール・ルメートル(柏書房)

英語圏といっても、フランスはイギリスと並ぶヨーロッパのミステリ大国だが、ピエール・ルメートルはそのフランスで由緒あるコニャック・ミステリ大賞という登竜門を三年前にくぐったばかりの作家だ。日本の読者には初紹介となる『死のドレスを花婿に』は、その彼の第二作にあたる。
有能な広報担当としてキャリアウーマンの道を歩んでいたソフィーは、少し前から突然襲ってくる睡魔と度重なる記憶障害に悩まされるようになった。それがもとで、仕事ばかりか家庭も失ってしまい、やっとのことでベビーシッターの仕事にありつくが、ある日気がつくと目の前のベッドには彼女がいつも面倒を見ていた子どもの死体があった。自分は、また人を殺してしまったのだろうか?逃亡生活で人生の奈落に身を落とす彼女だったが、やがてひとつの妙案が浮かぶ。それは、別人として人生をやりなおそうというしたたかな計画だった。
作者が自作を語る際にヒッチコックを引き合いに出しているのは、自身の出自であるコニャック賞が映画祭絡みの文学賞だからだろうか。とはいえ、さほど映像的な作品ではなく、むしろ人物の心理描写に長けた犯罪文学の趣きが強い。思わず拍手を送りたくなるのは、四部構成の第二部に入るや、たちまち別人物の視点に切り替わり、それまでの物語がソフィーの一人称とはまったく異なった角度から語られていく面白さだ。毛色は違うが、リチャード・ニーリィを彷彿とさせる非凡な才能があると思う。ただ、真相の透ける邦題にもうひと工夫ほしいところ。
[ミステリマガジン2009年10月号]

死のドレスを花婿に

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