湿地/アーナルデュル・インドリダソン(東京創元社)

警察ミステリの本場といえば、マクベイン、ウォー、リューインらを生んだアメリカだが、シューヴァル&ヴァールーのまいた種がマンケルらの活躍となって実を結んだ北欧は、今やその地位を逆転しつつある。アイスランドから登場したアーナルデュル・インドリダソンもそんな北欧シーンを代表する書き手のひとりだ。
湿地に建つ石造りのアパートから見つかった死体には、奇妙なメッセージが添えられていた。レイキャヴィック警察の捜査官エーレンデュルは、死者にまつわる忌まわしい過去を暴いていくが。事件と並行して描かれる私生活から伝わる主人公の人間的な魅力も印象的。スカンジナヴィア推理作家協会の〈ガラスの鍵賞〉受賞作だ。
このミステリーがすごい!2013]

湿地 (Reykjavik Thriller)

湿地 (Reykjavik Thriller)

裏切りの戦場 葬られた誓い/マチュー・カソヴィッツ監督(2011・仏)


ナポレオン三世が領有を宣言した十九世紀からフランスの統治下にあったニューカレドニアの小さな島で、自国の独立を求める現地住民のグループが、フランス人憲兵たちを人質に森の洞窟に立て籠もった。知らせを受け、ヴェルサイユから駆けつけた国家憲兵隊治安部隊のリーダーで大尉のマチュー・カソヴィッツは、相手方と接触するも交渉に失敗し、自らも囚われの身となってしまう。しかし独立派のリーダー格であるイアベ・ラパカを説得し、事件を平和的な解決に導こうとフランス政府との間の連絡役を買って出るが。
アメリ〉や〈フィフス・エレメント〉などの出演作もある、〈クリムゾン・リバー〉のマチュー・カソヴィッツ監督による〈裏切りの戦場 葬られた誓い〉は、フランス政府も全面否定する史実の掘り起こしに、長い歳月が費やされたという。折りからフランス国内に持ち上がっていたミッテラン大統領とシラク首相が真っ向から対立する深刻な政治状況に、独立派の願いと主人公大尉の思惑が無情にも踏みにじられていく過程が、刻々と描かれていく。十日間の出来事の悲劇的な結末は最初のシーンにあるし、そもそも史実なのだから、物語の帰結は容易に予想がついてしまう。しかし、それでいてタイムリミットに向けての時間の流れに強烈なサスペンスを感じるのは、国家の失敗がどこにあったかという問題を徹底して検証しようとする製作サイドの真相究明に対する熱意から生まれているに違いない。全編が主人公の目を通して描かれるが、彼の無念さがいつまでも苦い余韻となって残る作品だ。
日本推理作家協会報2013年12月号]
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無罪INNOCENT/スコット・トゥロー(文藝春秋)

連邦検察局在籍時代に書いた『推定無罪』でスコット・トゥローに注目が集まったのは一九八七年。少し遅れてデビューした『ザ・ファーム/法律事務所』のグリシャムらとともに、リーガル・スリラーの分野を牽引したのは、今から四半世紀近くも前のことになる。『無罪INNOCENT』は、その名作『推定無罪』の二十年後の物語である。
不倫関係にあった同僚を殺したとして法廷闘争の渦中におかれたサビッチも六十歳を迎え、州上訴裁判所の主席判事の職についている。目前の州最高裁判事選でも当選が確実視されていたが、突如として窮地に立たされる。妻のバーバラが変死を遂げ、殺人容疑を掛けられたのだ。サビッチは、かつての恩人サンディにまたも弁護を依頼する。
いまや検事局のトップとなった宿敵トミー・モルトとの火花散る法廷シーンもあるが、印象的なのは彼らの考える?法の正義?が明らかになっていく過程だろう。期せずして再び相まみえた二人は、それぞれに人生の年輪を重ね、人間として深みを増した存在として登場する。作者の円熟の境地をうかがわせる感動の続編といえよう。
このミステリーがすごい!2013]

無罪 INNOCENT

無罪 INNOCENT

逆転立証/ゴードン・キャンベル(RHブックス・プラス)

一方が法廷推理ブームの礎「推定無罪」の続編『無罪』で読者を驚かせたかと思えば、片やいきのいい新作『自白』で応酬。S・トゥローとJ・グリシャムの重鎮が揃って気を吐くリーガルスリラーの分野が元気だが、もう一人注目の新人が登場した。六十五歳のデビューは遅咲きだが、三十年かけたというゴードン・キャンベルの『逆転立証(上・下)』は、法律家としての侮れないキャリアと、人生の年輪を窺わせる読みごたえだ。
容疑者は被害者の妻と娘の二人だけという事件で、夫殺しの疑いがかかった被告の弁護を名うての弁護士モーガンが引き受けた。助手となった駆け出しの主人公は、モーガンの法廷戦術を手伝い、公判は有利に進んでいくが。ややもすると、正義の実現よりは、弁護側と検察側の一騎打ちに見える裁判制度の陥穽がテーマだ。一粒で二度美味しい面白さともあいまって、エドガー賞の新人賞部門ノミネートもなるほどと頷ける力作である。
[波2013年1月号]

逆転立証 上 (RHブックス・プラス)

逆転立証 上 (RHブックス・プラス)

逆転立証 下 (RHブックス・プラス)

逆転立証 下 (RHブックス・プラス)

コンフィデンスマン ある詐欺師の男/デイヴィッド・ウィーヴァー監督(2011・米)


やたらと多いサミュエル・L・ジャクソンの出演作だが、しかしこの顔を出演者の中に見つけると、妙に期待感のようなものが湧いてくるから不思議なものだ。デイヴィッド・ウィーヴァー監督の『コンフィデンスマン ある詐欺師の男』で彼が演じるのは、友人を殺し、二十五年にわたる禁固刑を終えたばかりの人物だ。窮地を救ったことから親しくなった娘ルース・ネッガと平穏な暮らしを送ろうとするが、かつての相棒で自分が殺した親友の息子ルーク・カービーは、彼を再び悪の道へと引き戻そうと執拗に画策し、ついには詐欺の計画に引きずり込んでしまう。
中盤に主人公を襲う衝撃の事実は、観客をも打ちのめすが、やがて後のシーンで、登場人物のひとりから発せられる思いがけないひと言が、物語を反転させるバネの役割を果たしていく。ミステリ映画の仕掛けとして機能するだけでなく、強く生きてこその人生という、ポジティブなメッセージが伝わってくる印象的な一場面だ。暗いノワール色に覆われた本作に、ほのかにさしこむ希望の光が、エンドマークが出たあとも余韻として残るいい作品だと思う。
日本推理作家協会2012年12月号]
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コロンビアーナ/オリヴィエ・メガトン監督(米仏・2011)


そもそもは〈レオン〉の続編として企画されたというリュック・ベッソン・ファミリーの新作〈コロンビアーナ〉は、主人公カトレアの少女時代から始まる。南米コロンビアで麻薬取引の汚れ仕事に手をそめてきた父親が、母親ともどもボスの麻薬王の手にかかって殺されるのが発端だ。命からがらアメリカ大使館に逃げ込んだカトレアは、父親が持たせた麻薬取引の記録と引き換えにシカゴへの切符を手にいれ、祖母と暮らす叔父のもとにころがりこむ。そして十五年後、凄腕の殺し屋へと変貌を遂げたカトレアの復讐が始まる。
街の裏側を駆け抜けるように殺し屋たちから逃げおおす少女時代(アマンドラ・ステンバーグ)と、大人に成長した彼女(ゾーイ・サルダナ)がしなやかな肢体を駆使して警察の留置場に忍びこみ、標的をしとめる二つのシークエンスがシンクロし、ヒロイン像を鮮やかに浮かび上がらせる。実現はしなかったが、〈レオン〉の後日談が語られるとすれば、こういう話になったろう、と思わせるあたりも興味深いところだ。ベッソンのアクション映画としてやや甘口だし、とりたてて新味はないが、ヒロインの魅力に加えて、復讐譚としての娯楽性は十分。先の監督作であったアウンサン・スーチーの伝記映画といい、ベッソンの中には強い女に憧れの気持ちがあるに間違いない。監督は、〈96時間/リベンジ〉のオリヴィエ・メガトン
日本推理作家協会報2012年11月号)
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18の罪/エド・ゴーマン&マーティン・H・グリーンバーグ編(ヴィレッジブックス)

メイン・ディッシュ級の大長編もいいけど、たまには食後のデザートに味なショート・ストーリー集はいかが? ジェフリー・ディーヴァーやローラ・リップマンといった名だたる面々が腕をふるうエド・ゴーマンとマーティン・H・グリーンバーグ共編の『18の罪』である。
「あっ」といわせる意外性から、ドキドキのスリルまで。そんな幅広いセレクトも魅力だが、十八の収録作中十五編が初紹介というのも嬉しいところ。何はともあれ、冒頭のローレンス・ブロックの「純白の美少女」をお試しあれ。あとをひく面白さに、次々ページをめくってしまうこと間違いなし。欲ばりな読者のお眼鏡に叶うこと間違いなしのクオリティ高い傑作選である。
(付記)編者チームの片割れ、グリーンバーグは2012年逝去、パトリシア・アボットは「さよならを言うには」、「暗黒街の女」(ともにポケミス)の翻訳があるミーガン・アボットの母親にあたります。また、プロンジーニ作品は名無しの探偵ものです。
[波2012年12月号]

現代ミステリ傑作選 18の罪 (ヴィレッジブックス)

現代ミステリ傑作選 18の罪 (ヴィレッジブックス)